「去る者は追わず来る者は拒まず」とはよく言われますが、どのような時に使われる言葉でしょうか?
- 「去る者は追わず来る者は拒まず」の意味とは?
- 「去る者は追わず来る者は拒まず」の類語や似た言葉
- 「去る者は追わず来る者は拒まず」の人の性格や特徴
- 「去る者は追わず来る者は拒まず」の人の心理
- 「去る者は追わず来る者は拒まず」の恋愛での活かし方
- 「去る者は追わず来る者は拒まず」の恋愛でのデメリット
- まとめ
1. 「去る者は追わず来る者は拒まず」の意味とは?
去る者は追わず来る者は拒まずとは、日本のことわざです。
自分との関係性を終える人=去る者を引き留めるようなことはせず、また自分と関わり合いになりたい人を断らないことを言います。
恋人関係でも言いがちですが、友人関係、仕事などありとあらゆるところで言われる言葉です。
2. 「去る者は追わず来る者は拒まず」の類語や似た言葉
「去る者は追わず来る者は拒まず」には、意外に似た言葉があまりありません。
そもそも、総括すれば心が広いということに決着してしまう言葉です。
そのため、類語も心が広いということにフォーカスされた言葉が並びます。
2-1. 「度量が広い」
度量とは、心の広さを言うのですが、その中でも特に「他人の言動や行動を受け入れること」に対して心が広い場合、度量が広いと言われがちです。
「去る者は追わず来る者は拒まず」と違うのは、より広い意味での心の広さを指していることです。
「去る者は追わず来る者は拒まず」は主に人間関係を表す言葉ですが、度量が広いと言った場合には人間の言動や行動、それからその他事象についても含みます。
そのため、人間関係に限定してフリーなイメージを表したい場合、「去る者は追わず来る者は拒まず」の方が適当といえます。
2-2. 「分け隔てなく受け入れる」
度量が広いに対して、対象が人間であることが「去る者は追わず来る者は拒まず」に近い言葉が「分け隔てなく受け入れる」です。
ただし、来るもの拒まずというニュアンスと近いとはいえ、去る者追わずという関係を終わりにすることについて言及はしていません。
そのため、inはスムーズでもoutはうまくいかない場合もあるかもしれません。
しかし、「分け隔てなく受け入れる」という言葉は、やはり心の広さを感じます。
そのため、去る者に関しても受け入れてくれそうなイメージではあります。
3. 「去る者は追わず来る者は拒まず」の人の性格や特徴
「去る者は追わず来る者は拒まず」のタイプには、実は2パターンのタイプがいます。
ポジティブタイプとネガティブタイプです。
同じ行動なのですが、タイプによってその特徴はかなり変わってきます。
タイプ別に解説します。
3-1. 人間関係におおらか
ポジティブな「去る者は追わず来る者は拒まず」です。
もともとが人間関係におおらかで、自分のもとに来る人も、自分のところから去る人もいて当然と鷹揚に構えています。
執着心がなく、嫉妬心も薄めで、自分だけがグループから外されていることを知ってもそこまで怒りません。
人間関係だけでなく、趣味や仕事など、ほかに打ち込めることがあるというのも特徴です。
3-2. 嫌われるのが怖い
ネガティブな「去る者は追わず来る者は拒まず」です。
人との関りは、始まるのも終わるのもある程度の衝撃を伴います。
それが痛みだけとは限りませんが、面倒なことやギャップなど、安穏と暮らしているときには感じなかった動揺が生まれるはずです。
しかし、このタイプはそういったデメリットを感じながらもそれ以上に断ったりするのが苦手なタイプ。
断ることにより、相手に嫌われてしまうのではないかと恐れているのです。
人間関係とは本来、自分で取捨選択するものですから、相手に嫌われることもあって当然なのですが、そのリスクを極力避けたいと思っていると、「去る者は追わず来る者は拒まず」ということになります。
3-3. 新しい出会いを楽しめる
ポジティブな考え方ですと、積極的に新しい出会いを楽しむことができるというのが「去る者は追わず来る者は拒まず」です。
人間関係は、やはりある程度限定されたものです。
複数人の友人がいたとしても、遊べる時間は限られています。
もっとあけすけに言うなら、恋人関係などはまさにそうでしょう。
一人と付き合っている時に並行で誰かと付き合うことはできませんし、やったとしても大変なリスクを伴います。
こういったタイプの場合、古くなってしまった対象が自ら去ってくれるのは歓迎すべきことですし、また新たな対象がやってくることも喜ばしいことです。
3-4. 人間関係を持続させるのが苦手
ネガティブな「去る者は追わず来る者は拒まず」は、主に去る者を追わないことで発揮されます。
人間関係とは、長く付き合えば付き合うほど様々なものが蓄積されていきます。
楽しい思い出だけならいいのですが、そういうわけにもいきません。
嫌な思いをしたり、トラブルがあったり、もやもやしながら付き合いを続けている場合もあるでしょう。
そういった時、人間関係を持続させることを望まず、壊してしまった方が楽だと考える心理があるのです。
しかし、それだけですと寂しいですからまた新たな人間関係を求めます。
そのため、このタイプは結果的に「去る者は追わず来る者は拒まず」になっていると言えます。
3-5. 友達のその友達…といった遠い関係も臆さない
これもポジティブな「去る者は追わず来る者は拒まず」ですが、ややポジティブすぎる発想のタイプです。
人間関係というものを難しく考える人にとって、相手が自分にとって何なのかは結構重要です。
しかし、そういった部分に頓着しない人にとって、目に付いたはしから「友達」のくくりにしてしまうことがあります。
そのため、こちらからすれば友達と思っていなくても、気が付けば友達だと思っている場合があります。
また、この場合もともと友達ではありませんから、関係が遠のくことは当たり前です。
しかし、それに執着することはもちろんありません。
つまり、去る以前に来ていないということではありますが、大変ポジティブな魅力があるためそのまま友人としてとどまり続ける人も多いでしょう。
3-6. そもそも人に無関心
ネガティブ寄りですが、本人が苦痛を感じていないことが特徴です。
本人は人間関係に特に興味がなく、社会生活を送っているという場合です。
特に人数の多い集団に属していた場合、様々な人がやってきて関りができてくるでしょう。
人間関係に興味のある人は、そこで人を選んでグループに馴染み根付いていくものですが、そういった個別の集団に入る気のない人はいるものです。
その場合、人が勝手に関りを持ち、そして離れていくでしょう。
それを嫌とも嬉しいとも思わず、淡々とやりとりするというタイプです。
3-7. 人好きだが人生経験も豊富
人がとても好きだけれど、年齢を重ねていると「去る者は追わず来る者は拒まず」になることがあります。
若いころは去る人を引き留めたり、理由を聞いたりしてしまったことがあるのですが、その経験を繰り返すうちに「去る者追わず」になったタイプです。
人には理由や事情があり、人間関係を終える、あるいはいったんお休みすることがあります。
それを理解し、寂しいけれど送り出すというタイプです。
このタイプは大変人から好かれます。
そのため、離れていった人たちも、事情が合えばまた交流が再開するでしょう。
3-8. 人嫌いだが人生経験は積んでいる
こちらは逆に、人嫌いだけれど経験を経て「来る人拒まず」になったタイプです。
人生を孤独で生き通すことはまず不可能です。
行きつけのお店や住んでいる場所の隣人など、人と関わらずに暮らすことは現代日本でできないですし、万が一避けることができたとしても、誰かとつながりたいという感情を覚えることはあるでしょう。
人嫌いの人はできれば人と関わりあいになりたくないとは思っていますが、それを避けて生きられないことを経験で学んだのです。
そのため、そもそも人の交流が限定された場所で生きようとしますが、その場合にそこにいる人たちのことは案外拒みません。
逆に言えばそのために場所を選んでいるのです。
そのような人が来る人を拒んでいると、一生人と交流ができません。
4. 「去る者は追わず来る者は拒まず」の人の心理
心理的にも、ポジティブな要因とネガティブな要因がはっきりと分かれます。
ポジティブな気持ちは前向きな出会いに感謝する気持ち、ネガティブな気持ちは人との摩擦を恐れる気持ちです。
4-1. 人との垣根が低い
人との垣根が低いということは、明るくポジティブなことです。
自分の境界線をしっかりと持ち、他人が入り込んできても振り回されることなくお互いをしっかり持つことができるという、自信があるのです。
この自信がないと、他人との垣根を低く設定することはできず、逆に高い壁を築かなければいけなくなります。
では、自分の境界線を持っているとはどういうことなのでしょうか。
4-2. 自分の境界線をきっちり持っている
自分の境界線とは、パーソナルスペース、自らの心地よいスペースの区切りのことです。
ここでは特に、体的なことではなく、心のパーソナルスペースの境界線を指します。
この部分を他者に乗り越えられると、責任や限界があいまいになり、行動が他人によって振り回されてしまうことがあります。
自分の境界線をきっちり持っているということは、それを乗り越えられた瞬間に警告できたり、自分が乗り越えることがないという自信を持つということです。
ここがしっかりしているがゆえ、「去る者は追わず来る者は拒まず」になることができるのです。
4-3. パーソナルスペースが狭い
さらに言うと、「去る者は追わず来る者は拒まず」の人はその境界線で引かれたパーソナルスペースが狭いということはあげられます。
物理的なパーソナルスペースもそうですが、これが狭いことによって他者との距離はより近くなります。
つまり、友達との距離(=連絡頻度や会う回数)が他人より狭いため、人との交流が他から見たよりすぐに行われている印象になります。
パーソナルスペースが狭い場合、来る人を断ることはよほどのことがなければありませんし、去る人を追うこともないでしょう。
しかし、境界線がいくらちゃんとしていても、あまりに近い距離は相手の方が嫌な気持ちになりかねません。
4-4. 断るということに恐怖を感じている
ネガティブなタイプの「去る者は追わず来る者は拒まず」の人は、断るということに極端なまでに恐怖を感じている場合があります。
これは、断ることそのものにトラウマがある、あるいは断ることで過去に嫌な思いをしたという心理的な外傷のせいです。
そのため、このタイプは断ることで起こるリスクを避け、嫌だと思っている人間関係にずるずる埋没してしまっているのです。
当然、そのようなタイプは去る人を引き留めることはありません。
4-5. 去られることにむしろ安堵感を覚える
来る人を拒まないのは当然として、去られることにむしろ安心感を覚えるというタイプがあります。
これは、具体的に言うと「先に振りたいタイプ」と言えます。
人は誰しも、振られたり、去られたりすることはつらいことです。
その痛みに耐えることのできない人は、そもそも人間関係を構築することはできません。
しかし、そのような人が人間関係を作った場合、捨てられるより先に自分から捨てたという言い訳で自分を守ることがあります。
この場合、関係が怪しくなっただけでも、自ら関係性を壊してしまうことがあります。
これは極端に「見捨てられ不安」が強い時に起こり、心的にはとても不安定で傷ついている状況です。
5. 「去る者は追わず来る者は拒まず」の恋愛での活かし方
特に恋愛で、「去る者は追わず来る者は拒まず」の境地に達するのは難しいものです。
しかし、そうすることにより爽やかな未来が開けます。
気持ちの切り替えの仕方をご紹介します。
5-1. 振られても追わず来る物を増やす
恋をした後に、去る者を追わず…と言われてもなかなか難しいもの。
しかしそれを振り切って、新たな出会いをするチャンスとしてとらえるのはどうでしょうか。
当たり前ですが、付き合っている人がいる時にもう一人と付き合うことはできません。
あなたの前に、椅子は一つしかないのです。
そのため、去っていった人は新しい出会いを運ぶために席を空けてくれたのだと考え、空席が新しい人で埋まるのを楽しみに待ちましょう。
5-2. 自分から追わず来る物を増やす
自分から追わないということは大切なことです。
なぜなら、男性は追われれば逃げたくなるもの。
逃げたのに追ってこなければ、様子を見に来るものだからです。
男女の恋は、別名保存と上書き保存に分かれるとはよく言います。
男性は恋の思い出を一人一人別として考えますが、女性は「恋人との思い出」としてひとくくりに考えるのです。
そのような、ある意味残酷な事実を知っている男性は、自分が忘れられてしまうのではないかと別れた後も連絡をしてくることはよくあります。
あなたの前の空席に、もう一度彼を座らせたいなら、決して追わないことです。
よしんばそれで本当に彼が去ってしまったなら、その席に誰か座ってくれればいいだけのことなのですから。
5-3. 来る物は最初から拒まず様子を見て考える
「来るもの拒まず」は、結果論です。
最初からオールオーケーというのは、こと恋愛においては大変リスクのある行為だからです。
しかし、ある程度年齢がいけば、女性にアプローチしてくる男性もターゲットを絞ってきています。
よほどのことがない限り、大半はお付き合いして大丈夫なはずです。
お付き合いしてみて、どうしてもだめだったら「去る者追わず」とすればいいだけの話です。
6. 「去る者は追わず来る者は拒まず」の恋愛でのデメリット
恋愛に関しては、実はデメリットも多い「去る者は追わず来る者は拒まず」というスタンス。
実際には、どのようなデメリットがあるのでしょうか。
6-1. 自分から追う機会が減る
去っていく人を追うことは、恋愛では駆け引きとして必要になるケースもあります。
そういった時、相手から出されたメッセージを無視して、追うことをしないとその恋は本当に終わってしまいます。
そういった駆け引きは恋の楽しみでもありだいご味でもあります。
面倒な感情ではありますが、そのドキドキ感を楽しめるか楽しめないかで、恋愛体質かそうでないかが分かれてくるでしょう。
6-2. 断続的な付き合いを繰り返すようになる
去られることを恐れなくなり、また来る人をおおらかに迎え入れるようにすると、恋愛そのものに固執する気持ちがなくなります。
恋愛に執着せず、仕事や趣味、友人関係などにまんべんなく力を注ぐのなら素晴らしいことなのですが、問題は恋愛を軽く考えてしまうケース。
その場合、さっと付き合ってさっと別れるという、刹那的な恋愛を繰り返してしまうようになります。
恋はたくさんした方が良い、とは言うものの、人間関係があまりにも複雑になるのは精神的にも疲れます。
人間は麻痺する生き物です。
瞬間的な恋愛が恋だと体が思い込んでしまう前に、しっかりと腰を据えて付き合える人を見つけるようにしましょう。
まとめ
まだ年若いうちから「去る者は追わず来る者は拒まず」という姿勢でいると、結婚のチャンスを逃してしまう可能性があります。
しかし、ある程度経験を積み、感情も成熟してくると、そもそも忙しない人間関係に疲れてくるもの。
そのくらいの頃に「去る者は追わず来る者は拒まず」を心に置いて相手を探すなら、それは程よい出会いを得るきっかけになるでしょう。
3. 「去る者は追わず来る者は拒まず」の人の性格や特徴
「去る者は追わず来る者は拒まず」のタイプには、実は2パターンのタイプがいます。
ポジティブタイプとネガティブタイプです。
同じ行動なのですが、タイプによってその特徴はかなり変わってきます。
タイプ別に解説します。
3-1. 人間関係におおらか
ポジティブな「去る者は追わず来る者は拒まず」です。
もともとが人間関係におおらかで、自分のもとに来る人も、自分のところから去る人もいて当然と鷹揚に構えています。
執着心がなく、嫉妬心も薄めで、自分だけがグループから外されていることを知ってもそこまで怒りません。
人間関係だけでなく、趣味や仕事など、ほかに打ち込めることがあるというのも特徴です。
3-2. 嫌われるのが怖い
ネガティブな「去る者は追わず来る者は拒まず」です。
人との関りは、始まるのも終わるのもある程度の衝撃を伴います。
それが痛みだけとは限りませんが、面倒なことやギャップなど、安穏と暮らしているときには感じなかった動揺が生まれるはずです。
しかし、このタイプはそういったデメリットを感じながらもそれ以上に断ったりするのが苦手なタイプ。
断ることにより、相手に嫌われてしまうのではないかと恐れているのです。
人間関係とは本来、自分で取捨選択するものですから、相手に嫌われることもあって当然なのですが、そのリスクを極力避けたいと思っていると、「去る者は追わず来る者は拒まず」ということになります。
3-3. 新しい出会いを楽しめる
ポジティブな考え方ですと、積極的に新しい出会いを楽しむことができるというのが「去る者は追わず来る者は拒まず」です。
人間関係は、やはりある程度限定されたものです。
複数人の友人がいたとしても、遊べる時間は限られています。
もっとあけすけに言うなら、恋人関係などはまさにそうでしょう。
一人と付き合っている時に並行で誰かと付き合うことはできませんし、やったとしても大変なリスクを伴います。
こういったタイプの場合、古くなってしまった対象が自ら去ってくれるのは歓迎すべきことですし、また新たな対象がやってくることも喜ばしいことです。
3-4. 人間関係を持続させるのが苦手
ネガティブな「去る者は追わず来る者は拒まず」は、主に去る者を追わないことで発揮されます。
人間関係とは、長く付き合えば付き合うほど様々なものが蓄積されていきます。
楽しい思い出だけならいいのですが、そういうわけにもいきません。
嫌な思いをしたり、トラブルがあったり、もやもやしながら付き合いを続けている場合もあるでしょう。
そういった時、人間関係を持続させることを望まず、壊してしまった方が楽だと考える心理があるのです。
しかし、それだけですと寂しいですからまた新たな人間関係を求めます。
そのため、このタイプは結果的に「去る者は追わず来る者は拒まず」になっていると言えます。
3-5. 友達のその友達…といった遠い関係も臆さない
これもポジティブな「去る者は追わず来る者は拒まず」ですが、ややポジティブすぎる発想のタイプです。
人間関係というものを難しく考える人にとって、相手が自分にとって何なのかは結構重要です。
しかし、そういった部分に頓着しない人にとって、目に付いたはしから「友達」のくくりにしてしまうことがあります。
そのため、こちらからすれば友達と思っていなくても、気が付けば友達だと思っている場合があります。
また、この場合もともと友達ではありませんから、関係が遠のくことは当たり前です。
しかし、それに執着することはもちろんありません。
つまり、去る以前に来ていないということではありますが、大変ポジティブな魅力があるためそのまま友人としてとどまり続ける人も多いでしょう。
3-6. そもそも人に無関心
ネガティブ寄りですが、本人が苦痛を感じていないことが特徴です。
本人は人間関係に特に興味がなく、社会生活を送っているという場合です。
特に人数の多い集団に属していた場合、様々な人がやってきて関りができてくるでしょう。
人間関係に興味のある人は、そこで人を選んでグループに馴染み根付いていくものですが、そういった個別の集団に入る気のない人はいるものです。
その場合、人が勝手に関りを持ち、そして離れていくでしょう。
それを嫌とも嬉しいとも思わず、淡々とやりとりするというタイプです。
3-7. 人好きだが人生経験も豊富
人がとても好きだけれど、年齢を重ねていると「去る者は追わず来る者は拒まず」になることがあります。
若いころは去る人を引き留めたり、理由を聞いたりしてしまったことがあるのですが、その経験を繰り返すうちに「去る者追わず」になったタイプです。
人には理由や事情があり、人間関係を終える、あるいはいったんお休みすることがあります。
それを理解し、寂しいけれど送り出すというタイプです。
このタイプは大変人から好かれます。
そのため、離れていった人たちも、事情が合えばまた交流が再開するでしょう。
3-8. 人嫌いだが人生経験は積んでいる
こちらは逆に、人嫌いだけれど経験を経て「来る人拒まず」になったタイプです。
人生を孤独で生き通すことはまず不可能です。
行きつけのお店や住んでいる場所の隣人など、人と関わらずに暮らすことは現代日本でできないですし、万が一避けることができたとしても、誰かとつながりたいという感情を覚えることはあるでしょう。
人嫌いの人はできれば人と関わりあいになりたくないとは思っていますが、それを避けて生きられないことを経験で学んだのです。
そのため、そもそも人の交流が限定された場所で生きようとしますが、その場合にそこにいる人たちのことは案外拒みません。
逆に言えばそのために場所を選んでいるのです。
そのような人が来る人を拒んでいると、一生人と交流ができません。
4. 「去る者は追わず来る者は拒まず」の人の心理
心理的にも、ポジティブな要因とネガティブな要因がはっきりと分かれます。
ポジティブな気持ちは前向きな出会いに感謝する気持ち、ネガティブな気持ちは人との摩擦を恐れる気持ちです。
4-1. 人との垣根が低い
人との垣根が低いということは、明るくポジティブなことです。
自分の境界線をしっかりと持ち、他人が入り込んできても振り回されることなくお互いをしっかり持つことができるという、自信があるのです。
この自信がないと、他人との垣根を低く設定することはできず、逆に高い壁を築かなければいけなくなります。
では、自分の境界線を持っているとはどういうことなのでしょうか。
4-2. 自分の境界線をきっちり持っている
自分の境界線とは、パーソナルスペース、自らの心地よいスペースの区切りのことです。
ここでは特に、体的なことではなく、心のパーソナルスペースの境界線を指します。
この部分を他者に乗り越えられると、責任や限界があいまいになり、行動が他人によって振り回されてしまうことがあります。
自分の境界線をきっちり持っているということは、それを乗り越えられた瞬間に警告できたり、自分が乗り越えることがないという自信を持つということです。
ここがしっかりしているがゆえ、「去る者は追わず来る者は拒まず」になることができるのです。
4-3. パーソナルスペースが狭い
さらに言うと、「去る者は追わず来る者は拒まず」の人はその境界線で引かれたパーソナルスペースが狭いということはあげられます。
物理的なパーソナルスペースもそうですが、これが狭いことによって他者との距離はより近くなります。
つまり、友達との距離(=連絡頻度や会う回数)が他人より狭いため、人との交流が他から見たよりすぐに行われている印象になります。
パーソナルスペースが狭い場合、来る人を断ることはよほどのことがなければありませんし、去る人を追うこともないでしょう。
しかし、境界線がいくらちゃんとしていても、あまりに近い距離は相手の方が嫌な気持ちになりかねません。
4-4. 断るということに恐怖を感じている
ネガティブなタイプの「去る者は追わず来る者は拒まず」の人は、断るということに極端なまでに恐怖を感じている場合があります。
これは、断ることそのものにトラウマがある、あるいは断ることで過去に嫌な思いをしたという心理的な外傷のせいです。
そのため、このタイプは断ることで起こるリスクを避け、嫌だと思っている人間関係にずるずる埋没してしまっているのです。
当然、そのようなタイプは去る人を引き留めることはありません。
4-5. 去られることにむしろ安堵感を覚える
来る人を拒まないのは当然として、去られることにむしろ安心感を覚えるというタイプがあります。
これは、具体的に言うと「先に振りたいタイプ」と言えます。
人は誰しも、振られたり、去られたりすることはつらいことです。
その痛みに耐えることのできない人は、そもそも人間関係を構築することはできません。
しかし、そのような人が人間関係を作った場合、捨てられるより先に自分から捨てたという言い訳で自分を守ることがあります。
この場合、関係が怪しくなっただけでも、自ら関係性を壊してしまうことがあります。
これは極端に「見捨てられ不安」が強い時に起こり、心的にはとても不安定で傷ついている状況です。
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